上肢疾患
当院では5名の上肢疾患担当医が常勤しています。
ここでは上肢疾患とは肩甲帯(肩周囲)から手指までの疾患をさします。
昨年は年間約2000例の手術を行っており全国でもトップクラスの実績をもっています。
当院で手術的加療が行われている特徴的な疾患、また患者さんの多い疾患について記します。
肩腱板断裂 (かたけんばんだんれつ)
疼痛、筋力低下、可動域制限などの症状を示し肩関節の中でも比較的多い疾患です。腱板は肩を動かす際に重要な腱であり、解剖学的に骨に挟まれることから損傷されやすいとされています。
腱の厚み全体に断裂がおよぶ完全断裂、一部のみの部分断裂があります。部分断裂は断裂部の局在により、関節面断裂、腱内断裂、滑液包面断裂に分けられます。適切な治療(保存的、手術的)により成績は良好であることが多いといわれています。
当院では一週間に約10人程度の患者さんが手術を受けており医師、看護師、リハビリ、レントゲン、MRI検査、装具作成などについても多くの経験があります。
胸郭出口症候群 (きょうかくでぐちしょうこうぐん)
肩周囲から上肢にかけての疼痛やしびれ、脱力感、冷感などの多彩な症状をもたらす比較的まれな疾患です。鎖骨周囲の骨、筋肉、結合織による神経の圧迫が原因とされています。診断のつかないままでいる場合も多く、原因不明の上肢のしびれ、痛みとして紹介されることもあります。
当院では脊椎専門医との連絡を保ちつつ疾患原因の検索を行っています。治療方法は保存的治療でよくなることが多いのですが、中には外科的に圧迫されている神経を開放する手術が必要になることもあり、この手術に関しては日本の中でも多くの手術実績をもち効果を得ていることを報告しています。右の図は、胸郭出口症候群の様子をあらわしています。赤色の箇所のように、神経が、鎖骨周辺の骨等によって圧迫されています。
肩関節周囲炎 (かたかんせつしゅういえん)
五十肩 (ごじゅうかた)
一般的には、50歳前後に生じる痛みを伴う肩関節の動きが悪くなる病態といえますが、学術的には五十肩の概念は確立されておらず、その定義も様々です。リハビリテーションなどにより軽快します。
しかし、自分では五十肩と思っていた場合でも重篤な疾患(腱板断裂など)が潜んでいることもあるため、当院では必要に応じて様々な検査(関節造影、MRIなど)を行うようにしています。
肩関節脱臼 (かたかんせつだっきゅう)
大きく2つの病態が考えられています。
反復性肩関節脱臼 外傷性脱臼の後に、ある一定の肢位をとることにより何度も肩関節の脱臼を来す病態。
主訴は繰り返す脱臼でありスポーツに関連することも多いです。
動揺肩 肩関節に多大な弛緩性がみられ、明らかな外傷がなく脱臼、不安感を起こす病態。20歳代の若年者に多くみられ、両側性が多いです。
当院では病態に合わせた保存的(肩周囲の筋力増強などのリハビリ)・手術的加療を行っています。
特に反復性肩関節脱臼で明らかな軟部組織損傷が見られる場合には関節鏡による手術も行っており、手術創が小さい・筋肉への影響が小さいなどの利点があります。
しかし、アイスホッケー、ラグビーなどの激しいスポーツへの復帰を希望する場合や動揺肩には関節鏡手術は未だに脱臼率が高いとの報告もあり、患者さんとよく相談してから手術を行うこととしています。
投球障がい肩 (とうきゅうしょうがいかた)
野球、テニス、バレーボール、水泳などのオーバーヘッドスポーツに関連する肩の痛みを総称して呼んでいます。
この中には様々な病態があり、筋肉や靱帯などの軟部組織損傷や骨軟骨損傷まで多岐にわたります。
重要なことはまず正しい診断をつけることであり、様々な検査(関節造影、MRI、実際の投球フォームチェックなど)を行っています。アマチュアからプロレベルまでの各スポーツの患者を対象としています。
当院ではスポーツ専門医が各部門とのチーム体制のもとで初診時の診断からリハビリテーションなどの保存的加療に加わり、関節鏡などを用いた手術的加療も行っています。
特に野球ではシドニー・アテネオリンピック帯同トレーナーとも密に連絡をとりアドバイスを受けています。
離断性骨軟骨炎 (りだんせいこつなんこつえん)
少年期の投球による肘外側部痛の原因として重要です。初診時レントゲンで丸印には明らかな骨軟骨の問題はないように見えますが、適切な治療がされず放置された場合には、後に大きな骨軟骨障がいが発見されることもあります。早期発見にはMRIが有効です。
上腕骨外上顆炎 (じょうわんこつがいじょうかえん)
肘外側部の疼痛、特に手に力をいれる動作(雑巾を絞る)に痛みが強くなるなどの症状を示します。当院を受診し肘痛を訴える患者さんの中でも高頻度に見られます。
いわゆるテニス肘もほぼ同義語とされますが必ずしもスポーツに関係するものだけでなく様々な病態が関与していると言われています。ほとんどの場合、安静や内服・注射などで軽快しますが、中には関節内の炎症を併発し難治性であったり神経の圧迫が関与する場合もあり、手術が必要なこともあります。正しい診断が下されれば術後の成績は80%以上が良好です。
肘部管症候群 (ちゅうぶかんしょうこうぐん)
肘内側部の疼痛、環指、小指を中心としたしびれ、筋力低下などの症状を示します。
尺骨神経の圧迫がその原因とされ、腫瘍、骨の棘、内反肘、野球などによる過度の肘の使用などが発症の誘因となります。
手術的加療により80-90%の人が6ヶ月以内に良好な機能回復を得ることが多いです。
手根管症候群 (しゅこんかんしょうこうぐん)
親指、示指、中指を中心としたしびれ、筋力低下などの症状を示します。
手根管内にある正中神経の圧迫がその原因であることが多いです。
腱鞘炎、手の使いすぎ、透析、妊娠、手周囲の骨折後、腫瘍などが発症の要因となります。
保存治療の効果がない場合には正中神経の圧迫を取り除く手術が行われます。
弾発指・ばね指 (だんぱつゆび、ばねゆび)
幼児から成人まで起こりうる病態です。
腱鞘と腱自体の炎症があり、靭帯性腱鞘の狭窄部でばね現象(指のひっかかり)が起こる疾患。
保存的に治療しても無効な場合、手術的加療を行います。
類似の疾患として母指の狭窄性腱鞘炎(デクエルバン病)があります。
日帰り手術(約10分程度)が可能であり、術後早期に軽作業は可能です。
関節リウマチ (かんせつりうまち)
リウマチの本体は関節に存在する滑膜の炎症といわれています。手、足、脊椎などほぼすべての関節が罹患する可能性があります。現在は多くの抗リウマチ製剤が開発され優れた臨床効果が示されています。
しかし中には重篤な副作用を示すこともありリウマチ専門医による定期的検査が必須とされています。
薬物療法にてコントロールが困難な場合にはこの滑膜を切除する手術が行われることがあります。
中には関節破壊が著しく、人工関節置換術や固定術を行う場合もあります。肩、肘、手、指関節における人工関節は、日本の中でも数多くの実績をもち優れた臨床効果を示しています。
当院院長は日本リウマチ学会認定指導医であり、リウマチに関する著書、学術論文を多岐にわたり執筆し、特にリウマチによる上肢疾患においては日本の第一人者的存在です。
- 簡単なリウマチチェック
- 朝のこわばりが30分以上続く(6週間以上持続)
- 両PIP, MP手指関節(第二関節より中枢の関節)が3つ以上痛い
- 左右対称の関節(肩肘手膝など)が痛い
関節リウマチの治療-リウマチ患者のADL、QOLの維持、向上のために-
関節リウマチ(RA)の薬物治療は近年、大きく変化してきました。
薬剤に炎症のコントロール、疼痛の緩和のみならず、骨、関節破壊の抑制修復を視野に入れた治療が本格化してきています。
MTX(メトレート、リウマトレックス)が抗リウマチ薬(disease modifying anti-rheumatic drugs : DMARDs )として用いられるようになってから、さらにアラバも出現し、さらに最近はTNF(tumor necrotizing factor:腫瘍壊死因子)の働きを抑制するレミケード、エンブレル、アクテムラ、ヒュミラ、オレンシア、シンポニー、シムジアなどの生物学的製剤の登場が、徹底的な薬物療法を促すに到りました。これらの薬物の効果はこれまでのDMARDsに比較して速効性があり、自覚症状、検査値ともに速やかに改善する傾向にあります。
しかし、これらの薬剤の暗い面として副作用が上げられます。新聞紙上で副作用によると思われる致死例が報告されたことは記憶に新しいことと思います。この副作用の出現に十分注意を払い、症状の有無にかかわらず定期的検査を行う必要があります。
新しい薬を含めて薬剤を本当に必要な患者さんに適切に使っていくためには、かかりつけ医を中心にした連携体制によるRA診療が必要不可欠です。リウマチ専門医による薬剤の決定、薬剤師による薬剤情報の提供、リハビリテーションスタッフによる日常生活の注意や理学療法指導、整形外科医による変形の評価や手術タイミングの決定など薬物一辺倒にならない計画が大切です。
薬物使用による副作用の中でも呼吸器疾患に関しては、定期的血液検査で現れてこない唯一の副作用です。呼吸器疾患の副作用は、レントゲン上の変化が症状に先駆けて出現するのでレントゲン写真の経過観察が重要です。当院では呼吸器専門医によるレントゲン写真のダブルcheck体制を取り、肺合併症の早期発見を心がけております。
薬物治療に期待しすぎると、薬物に反応しないRA患者さんで骨関節の破壊が進行してしまい、手術を希望して整形外科を受診するときにはリウマチ専門外科医でも手術を諦めざるを得ないこともあります。関節炎、関節機能、脊髄神経機能の評価と手術のタイミングを見逃さないことが総合的RA診療の基本であり、整形外科と内科の単なる協力ではなく、新薬を含めた薬物治療と手術療法を両立させたRA治療で生活の質(QOL)の向上を得ることが望まれます。